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自分の感受性くらい。

京都ではんなりとモラトリアム謳歌中の文系院生女子が送る、とりとめなく思うことなどなど

「優秀な学生」ってなんだ。

私は今大学院の1年生で、来年の就活に乗り遅れないようにとせっせとインターンのESを書いたり面接の対策本を読んだりしているのですが、その中で常々思うことがあります。

 

それは

「優秀ってなに?」

ってことなんですが、

 

この「優秀」っていう言葉、各所でほんとによくでてくるんですよね。

優秀な学生、優秀な人材、とにかく企業は「優秀」な人が欲しいらしく、

学生は自分が「優秀」であるかを気にする。

 

私の周りにも、この「優秀」というマジックワードに振り回され、病んでる子がわりといたりします。

企業は「優秀な人材」を採用したがっている。

でも自分はなかなか内定がもらえない。

自分は「優秀」ではないのか、社会から必要とされない人間なのではないか・・・。

そう思っちゃうようですが、全然そんなこと思う必要なんてないと思うんです。

 

 

「優秀」を辞書で引くと、「非常に優れていること」とあります。

優れているか、ということを判断する時には、評価軸と判断基準が必要になります。

 

例えば、学業において優秀、というとき、このときの評価軸は「勉強がよくできるか」、判断基準は一般的には「試験の成績」だと考えられます。

スポーツにおいて優秀、ということは、評価軸は「スポーツがよくできるか」、その判断基準は「競技における実績」です。

 

このように、評価軸がはっきりしている場合は、「優秀」の意味も明瞭です。0-100のスケールだったら、100に近いということがすなわち優秀ということです。

 

つまり「優秀」という言葉は、本来ある尺度や基準のもとでの程度を指すものであって、特定の性質を指すものではない。

 

就活において使われる「優秀」という言葉にみんなが振り回されるのは、このことを認識してないからではないでしょうか。

 

「学業において優秀な人」であれば、ああ勉強ができるんだなと評価軸を認識できますよね。でも漠然と「優秀な人材」と言われてしまうと、評価軸が明瞭でないため、なんとなく「人間的にも優れていて、能力もあって、社会に求められるなんかすごい人」というような漠然としたイメージを持ってしまいます。そしてそのイメージに振り回されてしまう。そしてよくわからない不安に襲われるのです。

 

でも「人間的にも優れていて、能力もあって、社会に求められるなんかすごい人」ってそもそもいるのか。どんな人なんだろうか。スーパーマンみたいな人?

人間的に優れているか、能力があるかなんてそれこそ評価する人によって違うし、評価軸によって違うし、結局その意味が判然としません。

 

「優秀」という言葉を使う、理解する時には、「何ににおいて(どんな評価軸で)優秀」なのか、を意識するべきなのでは、と思います。